福岡高等裁判所 昭和26年(う)2647号 判決
(一)原判決は、被告人今井正雄が相被告人雲井寿行と共謀の上、偽造の株式名義書換委任状附京阪電気鉄道株式会社新株株式申込証拠金領収証六〇枚を二回に亘り行使した事実を認定し、これに対し、論旨指摘の如く、偽造有価証券の行使に関する刑法第一六三条第一項を適用処断している。
しかし、同条にいう有価証券とは、財産権を表彰する証券で、右証券上の権利の行使又は移転と証券の占有とが法律上分離すべからざる関係にあるものを指すのであるが、いわゆる株式申込証拠金は、慣習上株式割当によつて引受が確定すれば、株金払込金額に振替充当され、又株式の割当がなかつた場合には申込人に返還される性質のもので、証拠金領収証は証拠金払込に関する右契約関係を表彰する書面に過ぎず、何等株式申込人の権利を表彰するものではない。
尤も株式申込証拠金領収証には、株券発行の場合は領収証と引換に株券を交付する旨の記載があるのを通例とするが、それは単に株券交付請求の手続を示すに止まり、右請求権を証券に表彰したものとは解し難く、しかも右請求権の行使又は移転につき法律上右領収証の占有を必しも必要とするものではない。要するに株式申込証拠金領収証は、たとえそれが株式名義書換委任状附で事実上取引の対象となるにしても刑法第一六二条、第一六三条のいわゆる有価証券ではなく、むしろ同法第一五九条第一六一条の客体であるいわゆる私文書に該当するものと解するのが相当であるから、原判決が本件偽造にかかる領収証を有価証券に該当するものとして、その行使に対し刑法第一六三条第一項を適用したのは、法令の適用を誤つたものという外なくその誤が判決に影響を及ぼすことは明白であつて、論旨は理由があり、原判決は、この点において破棄を免れない。